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             自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽ともに紹介していきます。
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kurimasa

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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
POPS&ROCKや日本のグループサウンズを語らせたら止まらない。

  
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日本のGSの歴史 1
2009/ 05/ 26 ( Tue ) 19:24:36
GS大御所対決、スパイダース対ブルーコメッツ

スパイダース

 グループサウンズの元祖は、ロカビリーの流れを汲むスウィング・ウエストであるが、インストグループであり、音も後のGSの音ではないエレキバンドであった。
初めて、GSとして登場したのは、スパイダースブルー・コメッツである。

 スパイダースは1961年、スウィング・ウエストのドラマーであった田邊昭知によって結成された。結成当時は、歌手のバックミュージシャンとして活動していたにすぎず、何度もメンバーチェンジを繰り返したが、64年2月に井上順が参加、3月には当初、ヴォーカルだった井上孝之がギターに転向したことで、後にグループ・サウンズと呼ばれ人気を博す時代のメンバー7人が揃った。

 レコードデビューは、65年5月、かまやつひろし作詞・作曲の”フリフリ”であった。この曲がGSの第一弾シングルである。
66年に入って、2月には”ノー・ノー・ボーイ”、4月には”ヘイ・ボーイ”、7月には”サマー・ガール”と、ブリティッシュ・ビートの影響を受けた、かまやつ作品によるシングルが発売されたが、まだ歌謡曲志向が強かった当時では、あまりヒットしなかった。
 彼等を一躍有名にしたのは、同年9月に発売された、作詞・作曲:浜口庫之助による”夕陽が泣いている”の大ヒットであった。自分もこの曲で彼等の存在を知り、EP盤を買った。初めて手にしたGSのシングルである。
ここからGSブームが始まるが、全盛期は69年までの4年間。70年代に入っても活動していたグループもあったが、明らかに衰退し、スパイダースも70年9月にラストシングルになった”エレクトリックおばあちゃん”を発売するが、年内に解散した。
 つまり、あれだけ猛威を振るったGSの歴史は、スパイダースに始まり、スパイダースで終わったのである。

 『思い出に残る曲』として、洋楽を書いてきたが、邦楽では、自分が中・高時代に集めたEP盤は、加山雄三フォーク・クルセダーズ関連を除けば、すべてGSである。
スパイダースに関しては、”夕陽が泣いている”の後は、”なんとなくなんとなく”、”風が泣いている”、”あの虹をつかもう”、”いつまでもどこまでも”、あの時君は若かった”、”真珠の涙”を買った。

  ”夕陽が泣いている”のヒット以降は、浜口庫之助の作品を堺正章が、かまやつひろし作曲の作品を井上順が歌う傾向があった。浜口が日本的な叙情を感じさせる独特のフォーク調の作風であるのに対して、かまやつは当時の洋楽シーンで人気のあった曲調を独自に消化し、カントリー&ウエスタン調やロック風の作曲で、先進的な個性を発揮していた。このように浜口もかまやつも旧来の歌謡曲の作曲家とは一線を画した作風であり、これがスパイダースの楽曲面での大きな魅力となっていた。

 スパイダースに対抗する老舗GSは、ブルーコメッツである。同バンドも元はインストグループだったが、1966年3月に発売された”青い瞳”の英語盤と7月の日本語盤が共にヒットしてGSとして参入してきた。67年3月に発売された”ブルー・シャトウ”は自身最大の150万枚の大ヒットを記録し、この年の第9回日本レコード大賞で大賞を受賞した。
 自分が中学2年の時であるが、この年、この曲が流れない日はなかったと言っても過言ではない。聞き飽きていたので、この曲は買わなかった。ブルコメはあまり好きではなかったので、買ったシングルは、”北国の二人 ”と”こころの虹”だけであった。
”こころの虹”のB面”すみれ色の涙 ”は、1981年に岩崎宏美が、カヴァーを歌い、第23回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞を受賞した。

 ブルーコメッツは、「グループ・サウンズ=不良」のイメージが強かった当時、多くのグループ・サウンズの中で唯一NHKへの出演が許され、NHK紅白歌合戦に3回連続で出場した。GSといえば、長髪でファッションもサイケな物が多かった中で、彼等は外見が短髪でスーツ姿と言うのが世間一般に評価されたのである。『紳士的GS』というのが彼等の代名詞であった。

 67年には、歌謡界の女王美空ひばりの大ヒット曲”真赤な太陽”でバックバンドを担当した。68年にはエド・サリヴァン・ショーに出演のため渡米もしている。また、この年の10月に発売された”さよならのあとで”がヒットし、この曲以降歌謡路線の曲が多くなった。活動は72年まで続き、最も息が長いGSであり、発売したレコードの数も一番多かった。

 自分は、スパイダースもブルーコメッツもリアルタイムでは、アルバムは購入しなかったが、CD化された物は、全て押さえてある。一番好きなのは、スパイダースの”明治百年、すぱいだーす七年”で、これはGS初のコンセプト・アルバムだと思う。

     スパイダースのシングル・ディスコグラフィー

1. 「フリフリ/モンキー・ダンス」'65年5月
2. 「越天楽ゴーゴー/トワイライト・ゾーン」'65年11月
3. 「ノー・ノー・ボーイ/リトル・ロビー」'66年2月
4. 「青春ア・ゴー・ゴー/クライ・アンド・クライ」'66年3月
5. 「ヘイ・ボーイ/ミシェル」'66年4月
6. 「サマー・ガール/なればいい」'66年7月
7. 「夕陽が泣いている/チビのジュリー」'66年9月
8. 「なんとなくなんとなく/ブーン・ブーン」 '66年12月
9. 「太陽の翼/空の広場」 '67年3月
10. 「バラ・バラ/ダンス天国」'67年4月
11. 「風が泣いている/君にあげよう」'67年7月
12. 「あの虹をつかもう/恋のドクター」'67年8月
13. 「いつまでもどこまでも/バン・バン・バン」'67年10月
14. 「あの時君は若かった/もう一度もう一度」 '68年3月
15. 「真珠の涙/赤いドレスの女の子」'68年6月
16. 「黒ゆりの詩/ロックンロール・ボーイ」'68年9月
17. 「ガラスの聖女/風はいい奴」'68年11月
18. 「涙の日曜日/赤いリンゴ」'69年4月
19. 「夜明けの二人/コケコッコー」'69年8月
20. 「ふたりは今/友を呼ぶ歌」'70年1月
21. 「エレクトリックおばあちゃん/いつわりの恋」'70月9月

     スパイダースのアルバム・ディスコグラフィー

1.「ザ・スパイダース・アルバムNo.1」'66年4月
2.「ザ・スパイダース・アルバムNo.2」'66年6月
3.「スパイダース'67/ザ・スパイダース・アルバムNo.3」'67年2月
4.「ゴー!スパイダース、フライ!サベージ」'67年3月
5.「風が泣いている/ザ・スパイダース・アルバムNo.4」'67年9月
6.「ザ・スパイダース・ストーリー」'67年11月
7.「ザ・スパイダース・アルバムNo.5」'68年3月
8.「明治百年、すぱいだーす七年」'68年10月
9.「スパイダース'69」'69年5月
10.「ロックン・ロール・ルネッサンス」'70年5月

     ブルーコメッツのシングル・ディスコグラフィー

1.サンダー・ボール/ミスター・キス・キス・バン・バン '66年2月
2.「青い瞳(英語版)/青い彗星」'66年3月
3.「愛の終りに/バラ色のドレス」'66年4月
4.「青い瞳(日本語版)/マリナによせて」'66年7月
5.「青い渚/星に祈りを」 '66年9月
6.「ジングル・ベル/ブルー・クリスマス 」'66年11月
7.「何処へ/センチメンタル・シティ」'66年12月
8.「ブルー・シャトウ/甘いお話」'67年3月
9.「マリアの泉/白い恋人」 '67年6月
10.「北国の二人/銀色の波」 '67年9月
11.「こころの虹/すみれ色の涙」 '67年11月
12.「白鳥の歌/雨の舗道」 '68年4月
13.「草原の輝き/マイ・サマー・ガール」'68年6月
14.「さよならのあとで/小さな秘密」 '68年10月
15.「雨の赤坂/黒いレースの女」 '68年12月
16.「涙の糸/ブルー・シャンソン」 '69年4月
17.「海辺の石段/冬の嵐」 '69年10月
18.「それはキッスで始まった/あじさい色の恋」 '70年2月
19.「泣きながら恋をして/悲しき玩具」 '70年7月
20.「むらさき日記/だから今すぐ」 '70年9月
21「.雨の賛美歌/運命だから」'71年1月
22.「津軽の海/鏡の中で見た恋は」 '71年4月
23.「エデンの東/慕情」 '71年7月
24.「生きるよろこびを/そのとき雲は流れてた」'71年8月
25.「虹と雪のバラード/愛の子守歌」 '71年9月
26.「希望にみちた二人のために/想い出の彼方に」 '72年2月」
27.「雨の朝の少女/哀愁のパリ」 '72年8月

    ブルーコメッツのアルバム・ディスコグラフィー

1.「ブルーコメッツ・オリジナル・ヒット第一集」'66年9月
2.「ブルーコメッツのクリスマス」'66年11月
3.「ベスト・ヒット'66」'66年11月
4.「ブルーコメッツ・リサイタル」'67年2月
5.「これぞヤング・ビート」'67年8月
6.「ブルーコメッツ・オリジナル・ヒット第二集」'67年10月
7.「ヨーロッパのブルーコメッツ」'68年2月
8.「アメリカのブルーコメッツ」'68年12月
9.「ベスト・オブ・ブルーコメッツ」'69年1月
10.「ヤング・ビート・ブルーコメッツ」'69年8月
11.「ポピュラー・ヒット25年史(上巻)」'70年10月
12.「ポピュラー・ヒット25年史(下巻)」'70年10月
13.「ベスト・オブ・ブルーコメッツVol.2」'70年12月
14.「スター・ダブル・デラックス・シリーズ」'71年10月
15.「G・S・R」 '71年12月
16.「ラヴ・サウンド/ブルーコメッツ」'72年7月

 スパイダース解散後もブルコメは活動し、'72年の解散後もニュー・ブルーコメッツと称し、女性ヴォーカルを配してレコードを出したが、すでに完全にGSブームは終わっていた。

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