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             自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽ともに紹介していきます。
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kurimasa

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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
POPS&ROCKや日本のグループサウンズを語らせたら止まらない。

  
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平野さんへ
123
自分の想像でしかありませんが、ジミ・ヘンはR&Bやブリティッシュ志向が伺えますので、日本の音楽など聴かなかったと思います。
日本のGSは、彼の影響が強いですけどね。

アウト・キャストは良いですネ~!
ガレージの”電話でいいから”もGSらしい”レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ”や””一日だけの恋”もフォーク調の”友達になろう”もGS歌謡の”愛なき夜明け”も様々なジャンルで光る曲があります。

最近、タイガースのDVDボックス盤を買ったら”ハーイ・ロンドン”に少しだけ”アウト・キャスト”の演奏シーンが収録されており、感激でした。
2009/06/22(Mon) 23:09:36|kurimasa|URLMAIL編集/削除
疑問解消
122
はじめまして。
私はちょっとわからないことがあって来ました。


ジミ・ヘンて日本の音楽を聴いたことはあるのかどうか、


としか思えないフレーズを感じたりするのです。


GSと、当時の歌謡曲に関しては単に好きで、


自分なりに紹介していますが、おはずかしい限りです。

それでも、好きなものは紹介したい。


アウトキャストは大好きです。


簡単に言うのはしゃくだけれど。
2009/06/22(Mon) 21:51:10|平野 樹林|URLMAIL編集/削除
日本のGSの歴史 23
2009/ 06/ 20 ( Sat ) 09:18:52
個性派実力GS対決、アダムス対モージョ対シルク・ロード対レオ・ビーツ

アダムス


 アダムスは、元アウト・キャスト水谷淳轟健二によって、1968年に結成された。
 アウト・キャストについては、以前書いたが、実力がありながら人気のなかった筆頭GSと言える。
しかし、先の水谷はアダムスの後、スタジオミュージシャンを経て、名前を公生に変えて、作曲家として成功。轟は、後の音楽プロデューサー・松崎澄夫。その他のメンバーも、大野良二が、後にレコーディング・ディレクター、藤田浩一は、後に作曲家・音楽プロデューサー・音楽事務所社長、穂口雄右も、後に作曲家・音楽事務所社長として、皆成功している。

 アダムスは、そのタイトルからして壮大な”旧約聖書”でデビューを飾り、この曲は、大人数のオ-ケストラをバックに制作された。GS一大叙事詩といえる。4枚のシングルを発表しているが、残念ながらアルバムは出していない。


      アダムスのシングル・ディスコグラフィー

1.「旧約聖書/ギリシャの丘」’68年9月
2.「眠れる乙女/砂のお城」’68年12月
3.「地球はせますぎる/にくい時計」’69年5月
4.「明日なき世界/影」’69年9月


 モージョは、1966年に結成され、弘田三枝子のバックバンドを務めていた。’69年2月に唯一のシングルとなってしまった”欲張りな恋”をリリースしている。
 シングルデビュー前には、2006年に他界したジャズ・ピアニストの本田竹広が、在籍しており、ジャズ畑出身の実力派バンドであった。アイドル的なものは全くなく、上質な音楽をやっていた。まさにアーティスト感覚のバンドだった。
デビュー曲のB面でもジャズの臭いを彷彿させている。


      モージョ唯一のシングル

1.「欲ばりな恋/クレージー・ミッドナイト」’69年2月


 GS唯一のブラス・ロック・バンドと言って良いのが、シルク・ロードである。
『スウィンギン・ブラスの騎士』のキャッチフレーズで’69年8月”蒼い砂漠”でデビューした。
 ’69年に入ると、ほとんどのGSが歌謡曲路線に鞍替えしていく中、哀愁GSビートで奮闘した、遅れてきたGSである。哀愁GSの名が最も相応しいバンドのひとつである。
 自分は、デビューシングルを買ったが、B面の”丘の家”は、唸るベースがグルーヴ感を出しており、A面よりも好きだった。A面もビート感は充分でヒットした。
2枚目のシングルも同じ路線をさらに追求したが、ヒットはしなかった。ピアノが脇を固めるビート・バラードの傑作ではあった。B面は、残念ながらCD化されていない。


      シルク・ロードのシングル・ディスコグラフィー

1.「蒼い砂漠/丘の家」’69年8月
2.「はるかな旅路/地平線に紅いバラ」’70年3月


 ラテン・ロックの雄が、レオ・ビーツである。彼等は、奥村チヨ木の実ナナのバッキングを長く務め、「奥村チヨとレオ・ビーツ」、「木の実ナナとレオ・ビーツ」など、CDにも彼等の名前が表記されている。あらゆるジャンルの曲を苦もなくこなした実力派である。
 1967年11月、GSとして”霧の中のマリアンヌ”でデビューするが、この曲も2枚目のシングルもパーカッションを使ったラテン色の濃い曲であった。3枚目の”別れの歌”以降、歌謡曲化するが、この曲は、GS屈指のムード歌謡だと思う。4枚目シングルのA・B面ともCD化されていない。GSとしてのアルバムも出していない。


      レオ・ビーツのシングル・ディスコグラフィー

1.「霧の中のマリアンヌ/恋に生きる」’67年11月
2.「貴族の恋/あなたの影」’68年3月
3.「別れの歌/哀愁のシルバーレイン」’68年8月
4.「君に幸せを/許しておくれ」’69年2月


 4グループとも個性的な実力派GSであった。自分は、アダムスとモージョが好きであるが、4グループの中でモージョのみ、リアルタイムでは知らなかった。

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平野さんへ
123
自分の想像でしかありませんが、ジミ・ヘンはR&Bやブリティッシュ志向が伺えますので、日本の音楽など聴かなかったと思います。
日本のGSは、彼の影響が強いですけどね。

アウト・キャストは良いですネ~!
ガレージの”電話でいいから”もGSらしい”レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ”や””一日だけの恋”もフォーク調の”友達になろう”もGS歌謡の”愛なき夜明け”も様々なジャンルで光る曲があります。

最近、タイガースのDVDボックス盤を買ったら”ハーイ・ロンドン”に少しだけ”アウト・キャスト”の演奏シーンが収録されており、感激でした。
2009/06/22(Mon) 23:09:36|kurimasa|URLMAIL編集/削除
疑問解消
122
はじめまして。
私はちょっとわからないことがあって来ました。


ジミ・ヘンて日本の音楽を聴いたことはあるのかどうか、


としか思えないフレーズを感じたりするのです。


GSと、当時の歌謡曲に関しては単に好きで、


自分なりに紹介していますが、おはずかしい限りです。

それでも、好きなものは紹介したい。


アウトキャストは大好きです。


簡単に言うのはしゃくだけれど。
2009/06/22(Mon) 21:51:10|平野 樹林|URLMAIL編集/削除
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