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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
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日本のGSの歴史 20
2009/ 06/ 17 ( Wed ) 19:46:42
寺内タケシの弟バンド対決、テリーズ対フェニックス対ブルージーンズ

テリーズ

 寺内タケシのニックネームをバンド名としたテリーズは、1967年9月”想い出の星空”でレコードデビューしたが、ビートバンドスタイルにこだわり続けた。実際は、アイドル路線の曲が多いが、曲そのものは良かった。デビュー曲のB面”ストップ・ダンス”は、師匠であるバニーズのカヴァーで爽快な曲である。
 ラストシングルのB面である”サンセットリバーサイド”は、極めつけのガレージ・サウンドである。アルバムは出していない。


      テリーズのシングル・ディスコグラフィー

1.「想い出の星空/ストップ・ダンス」’67年9月
2.「二人だけの恋/恋する星空」’68年2月
3.「バラの想い出/ヨコハマ野郎」’68年4月
4.「森かげの小道/サンセットリバーサイド」’68年11月


 テリ-ズに次ぐ、寺内タケシの弟バンドがフェニックスである。ギターの栗山正は後に、寺内から離れたバニーズに加入している。
 彼等は、日本ではじめてワウワウを導入したことで有名な、サウンドエフェクトにかけるガレージバンドであった。特に、’68年1月のデビューシングル”恋するラララ”のサイケなガレージぶりは、聞き応えがある。歌詞は、幼稚で聞いているほうが恥ずかしくなる。2枚目の”グッバイ・ベイビー”は、R&B志向の曲である。アルバムは出していない。


      フェニックスのシングル・ディスコグラフィー

1.「恋するラ・ラ・ラ/涙のシルビア」’68年1月
2.「グッドバイ・ベイビー/悲しい片想い」’68年5月


 ブルージーンズは、エレキバンドだった第一期寺内タケシとブルー・ジーンズから、寺内がバニーズを結成、加瀬邦彦ワイルド・ワンズを結成し、その他、石橋志郎鈴木文夫といったスタープレーヤーが次々脱退していったため、ただひとりエレキ時代から生き残った岡本和雄を中心に元フォー・ナイン・エース田川譲二をヴォーカル・リーダーにすえてGSとして結成された。
 彼等は、2枚のシングルの他、キューピッツの”夜霧の別れ道”のバッキングを残している。自分は、リアルタイムにはエレキバンドのブルー・ジーンズしか知らなかった。彼等も、アルバムは出していない。


      ブルージーンズのシングル・ディスコグラフィー

1.「マミー/愛して」’67年11月
2.「星のデイト/ワン・モァ・プリーズ」’68年5月


 3グループとも寺内タケシの弟子として、寺内の影響を受けたバンドであった。

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