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             自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽ともに紹介していきます。
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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
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日本のGSの歴史 19
2009/ 06/ 15 ( Mon ) 19:45:50
B級R&B、ロカビリービート、ニューロック対決、ボルテイジ対ヴァン・ドッグス対フローラル

ボルテイジ

 ボルテイジも、自分が生のライヴを見たかったバンドの一つである。迫力あるR&B一辺倒のバンドだった。1968年8月に”R&Bビッグヒット”という唯一のアルバムを発表しているが、ダイナマイツとは違い、完全にR&Bナンバーのカヴァーだけを英語で歌っている。すべてフォーンやストリングスを使わないバンドだけのサウンドで構成されている。R&Bに真摯に取り組む姿勢と、民謡を思わせる橘洋介のヴォーカルとのバランスが、スリリングで、GSにおけるR&Bの魅力を思う存分発揮している。ファズで聞くサウンドには、独特の味わいがある。

 デビュー・シングルの”エミー・マイ・エミー”も橘の演歌魂溢れろヴォーカルが聞きもので、自分は好きだった。B面の”シェイキン・マイ・ソウル”は、完全なR&Bであった。
3枚目のシングル”汐鳴りの幻想”は、大きくメンバーチェンジし、ジェット・ブラザーズから富永ジローが参加したが、これが最後のシングルとなった。『えんやとっと』のリズムを使った民謡との結合であった。

      
      ボルテイジのシングル・ディスコグラフィー

1.「エミー・マイ・エミー/シェイキン・マイ・ソウル」’68年6月
2.「トゥデイ/ナンシー・アイ・ラヴ」’68年11月
3.「汐鳴りの幻想/君を見つめて」’69年4月

       ボルテイジのアルバム・ディスコグラフィー

1.「R&Bビッグヒット」’68年8月        *唯一のR&Bカブァー・アルバム


 ボルテイジがR&Bなら、GSになってもロカビリー色に拘ったのが、ヴァン・ドッグスである。前身が、1959年に結成された岡田朝光とキャラバンというロカビリーバンドだった。’63年にシャープ・ホークスのバックとなり、その後エレキバンドとして活躍していた。’67年4月”熱い砂”のレコードデビューにあたり、バンド名をGSらしいヴァン・ドッグスに改名した。”ヴァン”という名のブルドッグがトレードマークでステージでも連れて歩いたという。
このバンドの特徴は、サウンド的にはオルガンに味付けがあり、泥臭いビートが売りであった。

 自分は、このバンドをリアルタイムでは知らなかったが、CDで聞いた彼等のラストシングルの”別れのバラ”が好きだった。歌謡バラード屈指の名曲だと思う。


      ヴァン・ドッグスのシングル・ディスコグラフィー

1.「熱い砂/哀愁のキャラバン」’67年4月
2.「ヘイガール/天使は眠らない」’67年8月
3.「雪国の誓い/熱い涙」 ’68年2月
4.「別れのバラ/ロンリー・ナイト」 ’68年7月

      ヴァン・ドッグスのアルバム・ディスコグラフィー

1.「走れヴァンドッグス」’67年7月
2.「花のサンフランシスコ<ポピュラーヒッツ’67>」’67年12月 *2枚ともインスト


 フローラルは、1966年結成され、後にエープリルフールへ行く小坂忠が、在籍したバンドである。モンキーズ・ファン・クラブ日本支部が公募したオーディションに合格し、’68年8月”涙は花びら”でレコードデビューした。
 フローラルは、シングル2枚で解散し、小坂は、’69年にキーボードの柳田ヒロ細野晴臣、松本隆らを加え、ニューロックバンドのエイプリル・フールを結成した。その後ゴスペル・シンガーとして活動し、現在もシンガー・ソングライターとして活躍している。

 自分は、リアルタイムでこのバンドも知らなかったが、CDで聞くと柳田のキーボードを中心としたプログレっぽい実力派だと感じた。彼等も遅れてきたGSだと思った。アルバムは出していない。


      フローラルのシングル・ディスコグラフィー

1.「涙は花びら/水平線のバラ」’68年8月
2.「さまよう船/愛のメモリー」’68年10月

 
 3グループとも個性的な、自分たちの音楽に拘りを持った実力派B級バンドであった。

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