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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
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ブウさんへ
135
高木和来が、67年8月に脱退し、サニー・ファイブを結成したことは知っていましたが、リンド&リンダーズのヴォーカルは、加賀テツヤと榊テルオだけだと思っていました。
2012/02/08(Wed) 12:19:18|kurimasa|URLMAIL編集/削除
はじめまして。
134
燃えろサーキットのボーカルは、後にサニー・ファイブを作った、高木和来です。
2012/02/08(Wed) 11:56:19|ブウ|URLMAIL編集/削除
日本のGSの歴史 13
2009/ 06/ 09 ( Tue ) 19:44:54
カルトGSの旗手対決、リンド&リンダース対レンジャーズ

リンド&リンダース

 関西GSの大御所として君臨したリンド&リンダーズは、東京ではあまり知られていなかったように思う。ジャズ・ギタリストだった加藤ヒロシが1965年8月にザ・リンドを結成し、関西ナンバーワンのエレキバンドという名声を得ていた。やがて、ヴォーカル部門を開設しこれをリンダースとした。
 エレキ部門とヴォーカル部門を合体したリンド&リンダースは、ジャズ喫茶で人気を博し、テレビ出演もこなしていた。「ナンバ一番」などのジャズ喫茶では、タイガースの前身であるファニーズが、彼等の弟バンドであった。ファニーズは、上京してタイガースになったのである。
 
 ’67年2月、リンダースの加賀テツヤのソロ名義で”ギター子守歌”をリリースした。3月にはバンド名義で加賀のコブシを聞かせた演歌調の”燃えろサーキット”をリリースしたが、2枚とも売れなかった。

 自分が、初めて彼等を知った4枚目のシングル”銀の鎖”は、情緒感溢れるバラードで、実に良かった。彼等のシングルでは、これだけを買ったが、B面も実にGSらしいサイケなガレージソングだった。この1枚のシングルが、彼等の代表作である。その後のシングルもそこそこヒットした。自分は、ラストシングルになってしまったが、トランペットをフューチャーした”夜明けの十字架”が一番好きだ。やるせない反戦歌である。歌謡曲調だが名曲だと思う。
 不思議なことに、彼等はアルバムを出さなかった。しかし、カルトGSの最高峰と言われ、加藤のギターも音楽性も素晴らしかった。
海外でも認められ、CD時代になって、シングル全曲を網羅したアルバムが発売されている。


     リンド&リンダースのシングル・ディスコグラフィー

1.「ギター子守歌/ギター子守歌 (インスト)」’67年2月
2.「燃えろサーキット/ドゥ・ザ・クラップ」’67年3月
3.「売られたギター/あした陽が昇ったら」’67年8月
4.「銀の鎖/恋にしびれて」’68年1月
5.「夕陽よいそげ/はなれぼっち」’68年5月
6.「ハ・ハ・ハ/フォー・ディズ・ラブ」’68年8月
7.「夜明けの十字架/さよならアリババ3世」’68年11月


 リンド&リンダースよりもずっとマイナーで、知る人ぞ知るカルトGSが、レンジャーズである。
 彼等は、1967年10月”恋はハートで”でデビューした泉アキのバックバンドを勤め、B面の”燃える年頃”も演奏している。 同じ頃、”星空の恋人”をリリースするが、この曲は哀愁感漂うスローバラードだった。むしろB面の”レッツ・ゴー・レインジャーズ”の方が、激情的なヴォーカルがクールな演奏とアンバランスに対比し、このバンドらしさを感じた。
 
 そして極め付けが、2枚目のシングル”赤く赤くハートが”である。宮城ひろしのコブシを回した破れかぶれの混乱を極めたヴォーカル、恐ろしさを感じさせるバックコーラス。まさに凄まじいとしか言いようがない。一度聞いたら、耳から彼の声は離れず、隠れたGS屈指の名曲だと思う。ヴォーカルの宮城ひろしは、”次郎物語”の兄役などで知られる子役だった。タップの名人でもある。
 なお、デビュー当時レインジャーズだったバンド名を、この曲からレンジャーズに変えている。

 実は自分は、リアルタイムでは、このバンドの存在すら知らなかった。CDになって、”赤く赤くハートが”を聞いて驚いた。何故、これほどのバンドや曲が、当時埋もれていたのかと。アメリカで認められてCD化になったと聞く。最近になって、当時未発表だった曲も収録したCDも出ている。

     
     レンジャーズのシングル・ディスコグラフィー

1.「星空の恋人/レッツ・ゴー・レインジャーズ」’67年10月
2.「赤く赤くハートが/サリーの瞳」’67年11月
3.「君知るや/恋するたそがれ」’68年5月
4.「ミセス・ロビンソン/サウンド・オヴ・サイレンス」’68年7月
5.「星空は乙女の祈り/恋の足音」’68年10月

     レンジャーズのアルバム・ディスコグラフィー

1.「ユア・ベスト・ポップス14」’68年7月 *唯一のインストアルバム


 リンド&リンダーズもレンジャーズも日本よりも海外で認められた実力派GSだと思う。それぞれ、いかにもカルトっぽい曲を発表しており、ガレージサウンドの両巨頭だと思う。

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ブウさんへ
135
高木和来が、67年8月に脱退し、サニー・ファイブを結成したことは知っていましたが、リンド&リンダーズのヴォーカルは、加賀テツヤと榊テルオだけだと思っていました。
2012/02/08(Wed) 12:19:18|kurimasa|URLMAIL編集/削除
はじめまして。
134
燃えろサーキットのボーカルは、後にサニー・ファイブを作った、高木和来です。
2012/02/08(Wed) 11:56:19|ブウ|URLMAIL編集/削除
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