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             自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽ともに紹介していきます。
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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
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日本のGSの歴史 5
2009/ 05/ 30 ( Sat ) 23:40:34
エレキの神様対決、バニーズ対シャープ・ファイブ

寺内タケシとバニーズ

 寺内タケシこそ、日本のエレキギター奏者の先駆者であり、エレキの神様と呼ばれた。当初は、インスト・グループ、ブルージーンズを率い、加山雄三のバックバンドなどを務めていた。だが、その実態は、ロカビリー色の濃いバンドであった。
 1965年、アメリカのミュージック・ブレイカー誌は、エレキ・インストの演奏技術に特に定評のあったチェット・アトキンス、レス・ポール、寺内タケシを世界3大ギタリストに選定した。

 ビートルズのようなバンドを目指すため、1966年6月にヴォーカルを取り込んだGSバニーズを結成した。
GSは、グループ・サウンズ以外にガレージ・サウンドの略でもあるが、バニーズの演奏こそ、荒々しく、凄みを感じる。重いビートに寺内の凶暴な速弾きギターで聴く者を圧倒させる。レパートリーも歌謡曲から民謡、映画音楽から洋楽ポップス、果てはクラシックまで、GS随一の幅の広さだ。

バニーズとしてのデビュー・シングルは、1966年12月、寺内の愛称である”テリーのテーマ” である。彼等は、ステージの最初に必ずこの曲を演奏した。
’67年9月に発表したLP”レッツ・ゴー・運命”は、クラシックをエレキにアレンジして取り組んだ画期的なもので、この年のレコード大賞編曲賞を受賞した。
’68年9月発表の”東京のサンセット”から、寺内は脱退し、その後ゲスト参加となった。10月からは、荻野達也とバニーズになっている。
寺内は、自分のバンド、ブルージーンズを再結成し、’69年6月”太陽に叫ぼう”で再デビューしている。その後も、メンバー・チェンジを重ねながらブルージーンズとして活躍している。

自分は、インストが好きではないので、歌謡曲の名曲と思える、”愛のリメンバー”、”太陽野郎”、”太陽の花” 、”レッツ・ゴー・ブガルー”、”東京のサンセット”、”たそがれ”を買い集めた。


      バニーズのシングル・ディスコグラフィー

1.「テリーのテーマ/テスト・ドライバー」’66年12月
2.「帰らぬ誓い/ドリーム・イン・ジ・オーシャン」’66年12月
3.「勧進帳/元禄花見踊り」’67年3月
4.「レッツ・ゴー・シェイク/シェイクNo.1」’67年3月
5.「ライジング・ギター/サウス・ピア」’67年5月
6.「悪魔のベビー/ストップ」’67年8月
7.「運命/未完成」’67年10月
8.「愛のリメンバー/二人の噴水」’67年10月
9.「津軽じょんがら節/黒い瞳」’67年11月
10.「太陽野郎/ワールド・ボーイ」’67年11月
11.「フィードバック・ギター/思い出の星空」’68年1月
12.「太陽の花/青春をかけて」’68年3月
13.「レッツ・ゴー・ブガルー/サマー・ブガルー」’68年5月
14.「東京のサンセット/炎の恋」’68年9月
15.「たそがれ/淋しそうな少女」’69年1月
16.「ウスクダラ/黒い瞳」’69年3月
17.「ブルー・スター/アンチェインド・メロディ」’69年5月
18.「金色のほほ/青春は甘く恋しく」’70年3月
19.「双子座の奇蹟/運命」’70年10月
20.「悲しき雨音/想い出は涙だけ」’71年3月
21.「北風/アイ・ビリーヴ」’71年10月

      バニーズのアルバム・ディスコグラフィー

1.「バニーズ誕生!レッツゴー寺内タケシ」’66年12月
2.「正調寺内節」’67年3月
3.「世界はテリーを待っている」’67年6月
4.「レッツ・ゴー・運命」’67年9月
5.「バニーズ・ゴールデン・アルバム」’67年12月
6.「バニーズ・ゴールデン・コンサート」’68年4月
7.「北風/バニーズの世界」’71年10月

バニーズのレコードがCD化されて、自分は、クラシックと歌舞伎・長唄以外は、すべて揃えた。

 寺内と並び称されるエレキギター奏者が、シャープ・ファイブ三根信宏である。寺内の演奏が、荒々しく大胆であるのに対し、三根の奏法は繊細で芸術的である。
 シャープ・ファイブの前身もロカビリー・バンドだったが、1964年の後半に井上宗孝(ドラムス)を中心に結成された。’65年3月にブルー・ファイヤーからギタリストの三根が加入し、強力なエレキバンドとして誕生した。この頃より、シャープ・ホークスのバックバンドを務めた。(シャープ・ホークスは当初演奏が出来なかった。)

 ’66年、シャープ・ホークスの演奏部隊だった、シャープ・ファイブは独立し、9月には、”ゴールデン・ギター”でレコードデビューした。
 当時、中学生だった自分は、シャープ・ファイブの良さがよく分からず、レコードは1枚も買わなかった。やはり、シャープ・ホークスの方が目立っており、リアルタイムで知っていたシャープ・ファイブの曲は、GS歌謡の名曲である”哀愁の六本木”だけだった。
 CDになってから、カルトGSコロムビア編で、”旅がらすロック”や”網走子守唄”を知り、キング時代の過去にさかのぼって聞き出した。インスト物は何枚もCD化されているが、唄物のすべてがCDで揃えられないのは残念である。
 派手だったバニーズに比べ、シャープ・ファイブは地味だったため、過小評価されているきらいがある。バニーズに対抗しうる実力派GSであることは間違いない。


     シャープ・ファイブのシングル・ディスコグラフィー

1.「ゴールデンギター/渚の乙女」’66年9月
2.「追憶/ドライヴィング・ブルース」’66年12月
3.「白い雲の彼方に/遠い海よ」’67年4月
4.「旅がらすロック/恋路」’68年3月
5.「網走子守唄/夏に消えた恋」’68年7月
6.「哀愁の六本木/孤独な少女」’68年10月
7.「海の想い出/明日を信じて」’69年7月

     シャープ・ファイブのアルバム・ディスコグラフィー

1.「フォー・ナイス・ガイ!」’65年11月
2.「パラダイス・ア・ゴーゴー」’66年1月
3.「若いギター」’66年6月
4.「ビートルズをかき鳴らせ」’66年7月
5.「ザ・サイドワインダー」’66年8月
6.「若いギター第2集<ついておいで>」’66年12月
7.「若いギター第3集<白い雲の彼方に>」’67年6月
8.「シャープ・ファイブ・ゴーゴー」’67年12月
9.「シャープ・ファイブ・スクリーンゴーゴー」’68年3月
10.「春の海」’68年11月
11.「ロック・アラウンド・ザ・クロック」’69年6月
12.「クラシカル・センセーション 四季/剣の舞」’69年9月
13.「ポップス・ゴールデン・ヒッツ」’69年11月
14.「古賀メロディー大作戦」’70年6月
15.「シャープ・ファイブ魅力のすべて」’70年10月

 シャープ・ファイブは、コロムビアからキャニオンに移籍し、シングル5枚、アルバム10枚以上発売している。ほとんどがインストなのと、すでにGS時代が終わってからの物なので省くが、歌謡曲、民謡、軍歌、フォーク、ハワイアン、ロック、映画音楽、ラテン、クラシックとあらゆるジャンルをこなしている。GS時代が終わっても、メンバーチェンジを頻繁にしているとはいえ、これだけアルバムを出しているバンドは、他にない。(音楽の幅の広さは、寺内と双璧である)

 バニーズと言うより、寺内、シャープ・ファイブと言うより三根、タイプが違うとはいえ、二人の天才ギタリストが、音楽界に遺した功績には、計り知れないものがある。

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