自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽ともに紹介していきます。
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自分の青春時代に、一度でも触れたポップスやロック、映画音楽を洋楽・邦楽とも収集している。 '60年代と'70~'75までの英・米
POPS&ROCKや日本のグループサウンズを語らせたら止まらない。

  
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思い出に残る曲 80
2009/ 05/ 19 ( Tue ) 22:29:10
アメリカ版クリームを彷彿させるグループ

 中学・高校時代の、思い出に残る曲を思い出すまま書き連ねてきた。
今では、CDで保有している歌詞カードを脇に、レコード時代を懐かしんでつらつらと訳詩も添えて書いてきたが、いつの間にか79曲になっていた。
ここには、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フーは入れていない。
3大グループとも、好きな曲が多すぎるからである。特にビートルズで嫌いな曲はないし、個々の曲に思い出がある。ザ・フーに関しては、クリーム、ドアーズ、サンタナ、キング・クリムゾン、レッド・ツェッペリン、ムーディー・ブルース等と同様、アルバムグループとして捉えているし、この1曲という選出が難しかった。

 79曲とは半端な数なので、忘れている曲はないかと思い起こせば、大事な曲が漏れていた。この1曲で、中高時代の曲は80曲になる。
 それは、1967年バニラ・ファッジのデビュー・シングル”キープ・ミー・ハンギング・オン”であった。

 モータウンが生んだソウル界のスーパー・グループ、シュープリームスのヒットをカヴァーしたこの曲をEP盤で手に入れたが、B面の”フォーア・リトル・ホワイル”もその黒っぽいフィーリングに度肝を抜かれた。
 ”キープ・ミー・ハンギング・オン”は、同タイトルのアルバムも出たが、シングルとアルバムの同曲は、全く違っていた。シングル・バージョンは、イントロ直後の序奏パートがカットされ、よりシンプルなアレンジで構成され、ヒット狙いにまとめられている。
 アルバム・バージョンは、ギター、キーボード、ベースのユニゾンとハードなドラムが折り重なって、曲の導入部に相当するインスト・パートが最も鮮烈な印象を与えている。曲の全編を貫くキーボードの音色やミドル・パートでのメローな展開に象徴されるアレンジの妙など、ブラック・ミュージックに根ざしながらもサイケ色溢れるハードなロック・サウンドを創り上げている。まさに芸術的作品だ。

 シュープリームス盤は、テンポが早く軽快なソウルサウンドに仕上がっているが、バニラ・ファッジ盤は、スローで前述のごとく、重厚感溢れるサイケデリックでヘヴィなロック・サウンドになっている。
同じ曲とは思えないアレンジの妙だ。

 ヴァニラ・ファッジの生命線は、ティム・ボガードのベースとカーマイン・アピスのドラムというリズムセクションであるが、のちに彼等の”ショット・ガン”を耳にしたジェフ・ベックがそのテクに驚嘆し、ベック・ボガード&アピスを結成したのは有名な話である。

 ”キープ・ミー・ハンギング・オン”は、アメリカにもアート・ロックがあることを全世界に認めさせた、鮮烈な彼等のデビュー曲なのだ。


自由にしてくれ 何故そうしないんだベイビー
俺の人生から出て行ってくれ 何故なんだベイビー
お前は本当は 俺が欲しい訳じゃない
お前はただ 俺を首っ丈にしただけだ

何故俺の人生から出て行かない
お前はただ 俺の心が張り裂けるのを見ているだけだ

お前は知っている 俺がお前の愛を必要としていることを
自由にしてくれ 何故そうしないんだベイビー
俺の人生から出て行ってくれ 何故なんだベイビー

俺の人生から出て行ってくれ 何故なんだベイビー
俺の人生から出て行ってくれ 何故なんだベイビー

そのことに関して 俺の出来る事は何もない

  
 激しい魂の叫びだ。激しく愛するが故の苦しみ。ヴォーカル、キーボード、リズムセクションが一体となるエンディングは、実に聞き応えがある。
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思い出に残る曲 44
2009/ 04/ 14 ( Tue ) 20:00:00
死が早すぎた天才ギタリスト

ジミ・ヘンドリクス

 クリームのプロデューサーだったフェリックス・パパルディが自らベーシストとして結成した、自分の好きなバンド”マウンテン”の曲に"タイアード・エンジェル"という曲がある。この疲れた天使とは、ジミ・ヘンドリクスのことである。また、エリック・クラプトンも彼の”リトル・ウイング”をカヴァーしている。その他、”ヘイ・ジョー”、”ヴードゥー・チャイル”、”レッド・ハウス”、”ファイア”、”フォクシー・レディ”などの曲は多数のミュージシャンによってカヴァーされている。
このように多くのミュージシャンに影響を与え、愛されたジミヘンであるが、ドラッグの摂取過剰で若干27歳の若さでこの世を去っている。

 一流ロックミュージシャンは、このジミヘンの他に、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、ブライアン・ジョーンズ、キース・ムーンなどドラッグにより死を早めた者が多い。
ドラッグとロックは、切り離せないものなのか、芸術家であり、一流であるほど、繊細であればあるほどドラッグとの縁が深いようだ。
 中でもジム・モリソンとジミ・ヘンドリクスには、ドラッグの臭いがプンプンする。しかし、彼は、『ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト』で第1位に選ばれるなど、史上最高のロックギタリストと評されることが多い。
 右利き用のギターを逆さまにして左利きの構えで演奏するスタイルや、ギターを歯で弾いたり、背中で弾いたり、ギター自体に火を放ったり、破壊したりするパフォーマンスは伝説化している。

 ロックギターの代名詞ともなっているフェンダー・ストラトキャスターは、ジミヘンが使っていたことにより、人気が一気に上昇したといわれている。それだけ、ジミヘンは多くのギタリストに影響を与えたのである。ロックファンの間では伝説となっているウッドストックのトリを務めるなど大物ぶりを発揮している。
 彼は、ギターの音質を電気的に変化させるエフェクターを多用し、音質に豊富なバリエーションをもたせている。音を歪ませるファズ、踏み加減で音質が連続的に変化するワウペダル、音を波立たせるユニヴァイブといったものを使用し、斬新な音を引き出していた。

 曲は、ブルースやR&Bに根差しており、これにジャズのコードやスケールを加えたベーシックなものである。1968年にはロック史上屈指の名アルバム”エレクトリック・レディランド”をリリースしている。
 数々のヒット曲を持つ彼だが、有名なのは”紫のけむり”であろう。ドラッグを連想させるこの曲は、アシッド・ロックとも呼ばれた幻想的な曲である。


頭の中は紫のもやで占められている
最近これまでとは違う
変な行動は自分でも分らない
空にキスをするので失礼

まわりは紫色でもやもや
上に行くのか下に行くのか自分でも分らない
俺って幸せ それとも不幸?
ともかくあのコが俺に魔法をかけたんだ

助けてくれ 助けてくれ
もうだめだ

目の中の紫のもやもや
昼だか夜だか分らない
君は俺の心を打ちのめした
明日なのかそれとも時の終わり?

助けてくれ
紫のもやもや
もうだめだ
助けてくれ
紫のもやもや ベイビー俺に教えてくれ
こんなんじゃやっていけない
紫のもやもや
君は俺の心を打ちのめした
紫のもやもや
もうたまらない

 なんとも言えない不思議な世界。まさにドラッグ・ソングと呼ばれるサイケデリックなブルースであるが、彼のヴォーカルはセクシーだ。

思い出に残る曲 40
2009/ 04/ 08 ( Wed ) 21:17:47
全米1位ドアーズ3発目のビッグヒット

ドアーズ

 ウィスキー・ア・ゴーゴーで人気を集めていたドアーズが、1967年デビューし、2枚目のシングル”ハートに火をつけて”で全米トップに立ち、3枚目のアルバム”太陽を待ちながら”は、彼らの最初のNo.1アルバムとなった。このアルバムからシングルカットされた”ハロー・アイ・ラヴ・ユー”も全米1位となったが、”タッチ・ミー”は、これに続くドアーズ3弾目の全米1位ビッグヒットシングルである。

 ドアーズとしては、コマーシャリズムに則った作品で、ヒット狙いがミエミエだが、覚えやすいメロディラインだ。これまた日本人好みの曲だが、自分も大好きだ。EP盤を買ったが、B面の”ワイルド・チャイルド”も良かった。2曲とも4枚目のアルバム”ソフト・パレード”に収録されている。
 自分にとってドアーズは、ビートルズ、クリームに次いで好きなバンドであり、のちにこの3グループのアルバムはすべて購入したが、ドアーズで好きなアルバムは、この”ソフト・パレード”までであった。

 ドアーズの音楽的方向性は、キーボードのレイ・マンザレクに負うところが大きいが、古さを感じさせないアレンジ、クラシカルなストリングス、盛り上がる所でのドラム、サイケの香りを出すには欠かせないキーボードが、”タッチ・ミー”の特徴となっている。


おいで おいで おいで おいで
さあ俺に触れてくれ
わからないか 俺は恐れていない
お前がした 約束は何だっけ?
何故お前は 彼女が言ったことを伝えてくれない?
お前がした 約束は何だっけ?

さあ俺はお前を愛し続けるだろう
天が雨を止めるまで
俺はお前を愛し続けるだろう
星が空から落ちるまで
お前と俺のために

 訴えかけるジム・モリソンの迫力あるヴォーカルだ。けだるそうに歌う彼のヴォーカルが、数多いロック・グループの中でも自分は一番好きだ。

思い出に残る曲 31
2009/ 04/ 01 ( Wed ) 20:26:13
ロック革命の寵児

クリーム

 クリームは1966年6月結成から、68年11月のコンサート活動(アルバム、グッバイ・クリーム)で解散という、わずか2年半足らずの活動ながら、その後のロック界に残した影響には多大なものがある。
 自分もビートルズに次いで好きなグループであり、活動期間中に出したすべてのアルバムについて以前レビューした。”フレッシュ”、”カラフル”、”ホイールズ・オブ・ファイア”、”グッバイ”といったアルバムは、リアルタイムで購入したし、レコードを聞きながらギター・フレーズをコピーしたものだ。全く下手糞ではあったが、中学時代にクリームをやっていたというのは、自慢できると思う(笑)
 きっかけは、ゴールデン・カップスが彼等のセカンド・アルバムで取り上げた”ストレンジ・ブルー”であった。サイケデリック調の聞きなれないコードで斬新さを感じた。この曲は、クリームのセカンド・アルバム”カラフル・クリーム”に挿入されていたが、このアルバムこそ彼等の最高傑作だと思う。

 クリームは、コマーシャリズムに乗らないことで有名なバンドであり、所謂ヒット曲はない。自分の中学・高校時代はEPの時代であったが、彼等はアルバム・グループであったので、”サンシャイン・ラブ”や”ホワイト・ルーム”、”バッジ”などの有名な曲はあっても、思い出の曲となるとその選曲が困難だ。
 彼等はスタジオ録音より、ライブを真骨頂としたので、敢て1曲を挙げるなら”クロスロード”になる。
 のちに知ったことだが、”クロスロード”はロバート・ジョンソンの”クロスロード・ブルース”を元にロックにアレンジし直した曲との事だった。
自分は、ロバート・ジョンソンという人物を知らなかったが、調べて驚いた。1930年代に活躍したアメリカの天才ブルース・ギタリストだったらしい。ローリング・ストーン誌の選んだ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第5位にランクされていた。
 
 ローリング・ストーン誌はアメリカの音楽雑誌だからか、上位5人のうちトップのジミ・ヘンドリックスをはじめ4人がアメリカのギタリストで、イギリス勢は4位のエリック・クラプトンだけであった。
 自分の感覚では、3大ギタリストとは、クラプトン、ジミー・ペイジジェフ・ベックというヤードバーズ出身の3人だと思っていたので意外であった。さらに驚いたのは、ジョージ・ハリスンは21位だったが、ジョン・レノンが100人の中に入っていないのだ。テン・イヤーズ・アフターアルヴィン・リーも漏れていた。伝道師とまで言われたピート・タウンゼントザ・フー)の50位も、アメリカを代表するバンド、ドアーズロビー・クリーガーの91位も低すぎると思った。

 当然といえば当然だが、選出した年代もかなり広いし、選んだ人にも因るのだから一概にどうのこうの言えない。やはり音楽は感覚だし、自分の好きなものが、理屈抜きで一番良いのだ。評論家の話などどうでも良い。このブログだって、自分の思いついたままを勝手に書いているだけだから。

 大分脱線したが、やはり”クロスロード”は良かった。


俺は十字路に行って 
ひざまずいた
俺は十字路に行って 
ひざまずいた
俺は神に慈悲を乞うた 
「俺を救ってくれ お気に召すまま」

俺は十字路に行って 
車を止めようとした
俺は十字路に行って 
車を止めようとした
だれもが俺を知らない様子で
みんな通りすぎて行った

俺はローズデイルに行くところ 
傍らに彼女を連れて
俺はローズデイルに行くところ 
傍らに彼女を連れて
まだ楽しめる
川岸のバレルハウスで

走って 走って 
伝えてくれ 友達のウィリー・ブラウンに
走って 走って 
伝えてくれ 友達のウィリー・ブラウンに
俺は十字路に立っている 
確かに俺はへたり込む

 人生の岐路に立った男の話か?
ジンジャー・ベイカーのドラムも、ジャック・ブルースのベースもヘヴィーな音を出している。ライブならではの迫力だ。

思い出に残る曲 24
2009/ 03/ 26 ( Thu ) 21:52:14
アメリカン・アート・ロックの本命

ドアーズ

 前にも書いたが、1967年はポップスシーンにおいて本当にすごい年だったと思う。日本で一番ヒットした洋曲は、”あなただけを”(ジェファーソン・エアプレーン)だと思うが、アメリカでは、ビルボード誌年間ランキングで第2位となった”ハートに火をつけて”であろう。これまた日本でも大ヒットした。

 ドアーズは伝説的なグループで、リーダーであり、ヴォーカルの”ジム・モリソン”は、ロック・ファンの間で神格化されている。自分においても最も好きなヴォーカリストである。(バンドとしてもビートルズクリームに次ぐ)。

 音楽の方向性も彼に負うところが大きく、ドアーズは文字通り、ジム・モリソンのバンドと言える。彼のヴォーカルには、中性的な物を感じる。ある時は、静かに語りかけ、時に魂から絶叫する。弱々しさと強さが常に同居している。
 のちに、コッポラは<『strong>地獄の黙示録』で、10分にも及ぶ彼等の大作”ジ・エンド”を映画の主題歌として採用し、オリバー・ストーンは、モリソンの生涯を、ずばり『ドアーズ』のタイトルでフィルム化している。アメリカを代表する社会派の2大巨頭である映画監督(及び製作者)にもモリソンは、興味を引かせているのである。

 ドアーズのライブ・ステージは挑戦的であり、反抗的だという評判になり、常識的かつ保守的な人々からは、敬遠されもした。ジム・モリソンからはドラッグのイメージが常に漂い、現に彼は、ヘロインの過剰摂取により、1971年7月3日にパリのアパートで死亡している。
 彼以外にもジャニス・ジョプリンストーンズブライアン・ジョーンズザ・フーキース・ムーンなど大物ロッカーが、ドラッグで死亡している。

 『アート・ロック』の旗手は、イギリスのクリームであり、テン・イヤーズ・アフター、アイアン・バタフライなどがこれに続くが、アメリカでこれに対抗したのが、ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス、バニラ・ファッジ、ドアーズということになる。ドアーズはその筆頭で、ファースト・アルバム『ザ・ドアーズ』は、センセーションを引き起こした。”ハートに火をつけて”は、このアルバムからシングルカットされた曲である。


知っているだろ 本当じゃないってこと
俺はウソつきになってしまうだろうってこと
もしもお前にこんなことを言ったなら
俺たちはもうこれ以上ハイになれない

ここに来て 俺に火をつけて
ここに来て 俺に火をつけて
夜に火をつけることにトライしてくれ

ためらうことなんてない
沼地を転げまわる時間などない
ぐずぐずしたら時間はなくなる
俺たちの愛は火葬の薪になってしまう

ここに来て 俺に火をつけて
ここに来て 俺に火をつけて
夜に火をつけることにトライしてくれ

 いかにもモリソンらしい、激しさを持った迫力あるロックである。

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